昭和62年 lO月9日(金曜日)
おなかも頭もからっぽにしているせいか、健康道場では毎日が爽快な気分だった。
ファースティングの精神面での効果について、道場長の笹田信五医師(39)が、日本心身医学会総会で発表したデータがある。それによると、アンケートの対象になった324人のうち「効果があった」と答えた人は「著明な」「かなり」「少し」と程度の差はあれ、95.3%にのぼる。そして、効果の中身として「自信や忍耐力がついた」をトップに「ゆっくりと休養がとれた」「自分を見つめられた」「意欲がわいてきた」「感謝を感じた」「交友の喜び」などをあげている。
当方、道場をこっそり抜け出して禁制の坂道を上るなど優等生とは言えなかったから「効果があった」などと胸を張っては言えない。しかし、アンケートの中身を、程度のさはあれ実感していることは確かである。
仲間たちも表情が明るい。すぐに打ちとけ合う。だが、共通した悩みがあった。退屈なことである。昼間は、医師や栄養士の講義、座禅会、それに課外活動としての陶芸、アートフラワー教室、読書会、ワゴン車でのグループ外出などがあり、結構忙しい。ところが夕食後、時間をもてあます。
よくしたもので、夜のひまつぶしを考え出す知恵者があらわれた。大阪・泉南市来ているプロ司会者・山元大介さん(48)(若竹プロモーション代表)である。名古屋市の歯科医・藤井宏次さん(42)に「歯と健康のテーマでみなさんに話してもらえませんか」ともちかけた。藤井さんは、みんなに自分の使っている歯ぶらしを持ってきてもらい、正しいみがき方の実演もしてみせた。これが好評だったので、ひまつぶし講座″の名で続けようということになり、講師交代で連夜のように開催。講師さがし、設営などのプロモーターは山元さんで、私などもお手伝いした。出演料はもちろんノーギャラだが、みんな気持ちよく引き受けてくれた。
私がかかわった講座の講師は次のみなさんである。 ∇弁護士・北村哲男さん(49・東京)∇土井勝料理学校副校長・土井信子さん(56・大阪)∇京都文化短大主査・石田昌男さん(49・京都)∇ホテルサンルート高知、松山社長・大橋隆さん(70・高知)∇六建建設社長・六車博美さん(56・東京)∇学校法人川口学園理事長・川口晃玉さん(52・東京)∇横浜ステージプラン軽営・倉田光一さん(39・横浜)佐山製作所社長・佐山岩作さん(59・東京)。
サラリーマンのかたわら林業に打ちこんでいる石由さんが日本の林業の将来を憂えれば、、裸一貫から出発、いま年商200億円の六車さんは経営ノウハウを説く。大橋さんが玄人はだしの落語を一席語れば、川口さんは自作の絵を持ち込むなどして趣味よもやまばなし。料理研発家・土井勝さんの奥さんの信子さんは、味のこころを語り、あえて料理の実技は避けたが、それで
も空きっ腹のみんなにはこたえたようだ。
山元さんは、話し方教室を聞くなど講師役にも回ったが毎日、声の日記″をつけていた。その一部。
八月×日
食欲の方をとめられると、性欲などもいっさいなくなる。仕事でワープロを持ち込んできたが、その気は起こらず、仕事欲も消滅したようだ。
八月×日
絶食5日目。体重63.1`。入門時より3`減。このところ、毎晩の睡眠がずいぶん短い。1、2時間ごとに目がさめる。不眠症というのでもない。疲労しないから睡眠の必要がないという神の摂理が働いているのか。
八月×日
道場は非常にいい雰囲気である。きょう仲間入りしたばかりだとか、3日前からいるんだとかいった分けへだてがない。ふだんなら出会うこともない人たちとの出会いもまた楽しいものである。
<ファースティングは社会の枠を取り除きます。同じ釜の飯を食べずに頑張った仲間です。自分が自立して初めて人を思いやることができるのですが、ファースティングの体験は自立の自信と人間の和の喜びを教えてくれるものです。>
(笹田退場長の近著「健康医学ファースティング」人文書院刊)。
ひまつぶし講膵はその「人間の和の尊び」のおまけ″だったと思っている。
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