昭和62年(1987年)10月7日(水曜日)

男のファースティング(2)

 健康道場では、7日間の絶食中、口にするものといえば、200∝のジュースが1日に3杯と、水(またはお茶)だけ.。ジュースは、クリーム色をしていて甘くもからくもない。まずくはないが、お世辞にもおいしいとはいえない。水はいくら飲んでもいい。いや、脱水症状にならないよう、1日1500㏄‐2000㏄以上は飲まされる。

 このジュースを、食事どきに食堂で飲むのがつらい。隣では焼き魚、サトイモ、キヌサヤの煮物に、キャベツ、うすあげなどのピーナツあえを食べているし、向かいは蒸し魚のタルタルソースづけに厚あげとナスの煮物、野菜サラダというごちそう。絶食が終わり、復食期にはいった人たちのメニューなのだ。あと何日がんばれば白寿もあれを食べられるんだ、そう思うと〝お隣のメニュー″が心の支えというか、一大目標になる。
 
 みんなもそう思っているせいか、結託がなさそう。会話がはずむ。東京、広島、名古屋、北海道など全国各地から来ている、主婦、OL、会社員、女子大生、企業経営者……。来た目的も、単なるオーバーホールから体質改善、高血圧、糖尿病、うつ病などの治療とさまざま。洒、たばこをやめたくて入門した人もいる。だが、どの顔も明るい。この明るさはどこから来ているのだろう。

 そのうち、メニューを見ただけで、あ、あの人は復食何日目だなで、この人はあすあたり退所だな、と推量できるようになる。〝ファーステイングの法則″とでもいえるものがあるからだ。           

 ジュースは、たんばく質、ビタミン、ミネラルを配合した特製で、1日300㌍。これ以上の量になると体車の減量効果がないし、逆に少なすぎると、不軽脈などの副作出川が起きかねない。なにしろ、絶食中、からだは極限状態に置かれているのである。復食期にはいると、600㌍の三分がゆ(おもゆ)に始まり、徐々にカロリーアップ、退所2日前に1200㌍の常食(ごはん)に戻る。

 別表の一日のスケジュールでおわかりのように、看護婦さんによる各室巡回、医師の診察や体重、体温、脈拍の自己測定など、健康チェックの種類と回数が多い。これ以外に、心電図と血液検査は、標準コースで各3回ある。行動もチェックされる。診察は道場長の笹田信五(39)、名誉道場長の今村基雄(78)両医師で流儀がちょっと違う。笹田先生は一人ずつベッドに寝かせてマンツーマンで、今村先生はみんなと円座になったまま順番に診察。ていねいで親切なことにどちらも変わりはない。

 体重や体温、脈拍数はめいめいの「健康経過表」に、飲んだ水の量や便の回数とともに赤、青の色鉛筆で事き込んでいく。はじめのうちは面倒くさかったが、部分的ながら健康を自己管理する習慣をつけておいてよかったといま思っている。

 行動もチェックされる。道場正面の坂は急なので、入所期間中、上り下りは禁止。うしろのゆるやかな坂を通って500㍍ほど先の神社まで散歩できるが、これも復食4日目から医師の指示で初めてOKとなる。入浴も復食3日まではシャワーどまり。

 復食にはいって間なしの早朝、仲間たちとこっそり抜け出し、急坂を通って近くの寺へ散歩へ行った。ところが定時検査のとき「むちゃをしないでね。心臓がおかしくなったらどうします」と看護婦さんにしかられた。どうしてばれたんだろうと思ったら、血液検査で筋肉障害を見るCPK値がはね上がっていたのだった。

 ファースティングは、完全に医学管理された招低カロリー療法だということがだんだんわかってきた。

 それにしても、絶食の日を重ねても、心配していたほどの空腹感がない。これはふしぎだった。

【健康道場の一日】

 6:30 看護婦による各室巡回。
 7:00 起床、採尿、採便、体重測定。
 7:30 朝食
 8:00 体温・脈拍測定。
 9:00 保健体操(中国の練功十八法)。
10:00 看護婦の血圧測定、医師の診察。
10:30 巡回。
11:30 昼食。
13:00 外出(復食3日目以降、五色浜などへワゴン車で)。
  講義(栄養士と医師で週計3回)
15:00 巡回。体温・脈拍測定。
16:00 座禅会。入浴。
17:00 夕食。
18:30 巡回。
21:30 巡回。
22:00 消灯。


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