生かされてる医学的事実! (不安や恐怖の解決方法とは?)

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  • 生かされてる医学的事実についての随想録
  • 心臓は1日に10万回動いていますが、1回も自分で動かしていません。身体は60兆個の細胞でできていますが、1個も自分で増やしていません。太陽も酸素も水も自分で作っていません。私たちは医学的に生かされて生きています。  大きな生命の世界の中で、医学的事実として、素晴らしい法則と美しい調和とかぎりない優しさのなかで生かされて生きています。そして本能から自由になったために、自分で衣食住と身の安全を得ることができないので、それらを得るために社会を営んでいます。それが大きな生命の世界の中でのホモサピエンスの存在形態です。  たとえ社会的に存在価値を傷つけられたり、壊されたり、けがされたりしても、社会的存在価値は衣食住と身の安全を得るためのものです。本当の存在価値は、大きな生命の世界の中で無条件に生かされていることから来ます。本当の存在価値が傷つけられたり、壊されたり、けがされたりすることはありません。無傷です。生き生きとしています。大きな生命の世界から見れば、あなたは素晴らしい存在です。かけがえのない存在です。 
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  • 人間は、60兆個の細胞でできています。顕微鏡で頭の先から、1秒間に5個ずつ数えるとして、数え終わるには、100年を4000回かかります。その1個の細胞と言えども小宇宙です。さらにさまざまな臓器となり、素晴らしい法則と美しい調和で、生命を保ってくれています。
  •  心臓は1日に10万回動いています。1回といえども、自分で動かしていません。太陽も、酸素も、水も自分で作っていません。私たちは、医学的、科学的に、生かされて生きています。素晴らしい法則と美しい調和と優しい世界です。道徳でも価値観でもなく、純粋な事実です。
  •  「生かされてる」という言葉は、古くから使われていますが、事実として証明されたことはありませんでした。「私達は、60兆個の細胞からできている」ということと、「生かされてるのは医学的事実」であるということは、この150年間に、人類が初めて知った事実です。
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  •  最初の顕微鏡は、1590年頃に、オランダの眼鏡師ヤンセン親子によって発明されたと言われています。その後、ロバート・フック(1653~1703年)は、自作の顕微鏡で、さまざまな生物を観察して、生物が細胞でできていることを発見をしました。その観察記録を「顕微鏡図誌」として出版しましたが、この時代のレンズは収差が大きく精密なものではありませんでした。
  •  細菌や動物の細胞を、最初に観察したのは、オランダの博物学者レーウェンフック(1632~1723年)で、自分で組み立てた単純な顕微鏡でしたが、倍率が300倍近いものもあり、これで、赤血球がウサギの耳やカエルの足の水かきの毛細血管をとおって循環するようすを明らかなしました。1774年には、初めて赤血球を正確に記述しました。
  •  ついで、池の水、人の唾液の中で、彼が顕微鏡虫と呼んだ今日の原生動物や細菌を観察し、77年には、ヒトの精子を記述しました。しかし、彼は、レンズ作りの技術を他人に明かさなかったため、研究はそこで途絶えました。
  •  精密なレンズは、数学者オイラー(1707~83)などによって設計されるようになり、1800年代の半ばには、ドイツのツァイスの工場で高性能の顕微鏡が生産され、本格的な細菌学が発展するようになりました。この高性能の顕微鏡を用いてフランスのパスツール(1822~95)は、発酵や多くの感染症が細菌によって引き起こされること、また、ドイツのコッホ(1843~1910)が炭疸病の原因は細菌であることなどを発見し、近代細菌学が始まりました。

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  •  これらの成果によって、細胞は細胞からしか発生しないことがようやく認知されました。それまでは、生命は自然に発生してくると信じられていたのです。そして、今、私達は60兆個の細胞からできていることを事実として知っています。そのうちの1個の細胞も自分で作ったことはありません。
  •  「生かされてる」という言葉は、この150年間の膨大な科学的データーを土台として、初めて自立したのです。これは素晴らしいことです。今、やっと、私達は、事実に立って、生きることができるようになったのです。
  •  生かされている医学的事実を見つめ続けると、2つの不思議な風景が見えてきます。ひとつは、完璧な世界です。お母さんのお腹の中で、1個の受精卵が2個になり4個になり、遂には赤ちゃんとなり、おぎゃーと生まれ、ハイハイするようになり、喋るようになる。当たり前のように思っていますが、絶対に当たり前ではありません。偶然ではできません。完璧で不思議な世界です。その中で生かされています。
  •  一匹の蚊を殺すことは簡単ですが、殺した蚊を生きかえさせることは、全世界の医者と、全世界の富を投入しても不可能です。命とは、それほど摩訶不思議なものであり、完璧です。生かされてる医学的事実の世界は、素晴らしくて、とっても不思議です。
  •  顕微鏡で見る一つ一つの細胞は小宇宙です。一つ一つの細胞が肝臓なら肝臓、腎臓なら腎臓の構造を支えているのですが、言葉ではとうてい表現できない整然とした、しかも調和のある素晴らしい構造です。さらに、生体の化学反応の秩序ある連鎖反応、どれ一つをとっても、確実で厳密な事実です。

     腎臓を見てみましょう。腎臓は、左右1個ずつあり、1個の腎臓には、100万個の糸球体という濾過装置があります。1本の腎動脈が、100万本の細い動脈に分かれてその中に入り血液を濾過します。その後、その動脈は100万本の細い静脈となって濾過した尿を再吸収し、1本の腎静脈となって帰ってきます。左右の腎臓で1日に180リットル濾過し、178リットル再吸収し、2リットルが尿になります。凄いことなのです。

     腎臓一つを見ても、とてつもなく素晴らしい法則と美しい調和でできています。人間が作ることなど到底できません。人間の能力を完全に超えています。ただただ、驚きと感動するしかありません。

     60兆個の細胞の素晴らしい法則と美しい調和で生かされている医学的事実を見つめていくと、私という存在の完璧さと不思議さと素晴らしさを感じます。
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  •  もうひとつは、かぎりなく優しい世界です。身体も太陽も酸素も水も食べ物も与えられています。素晴らしい法則と美しい調和、さらに無償で命をもらっています。しかも無条件です。感謝をしなくて心臓は動き太陽は昇ります。無償で無条件という限りない優しさで生かされてます。ただただ、不思議な世界です。私達は大きな生命の世界の中では、かけがえのない存在です。これが本当の存在価値です。傷ついたり苦しむ必要などないのです。
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  •  しかも、生かしてくれるのは、私たちが立派だからではありません。自分自身の心の中を見ればよく分かります。私たちは実にいいかげんな人間です。腹を立てたり、怒ったり、憎んだり、 損得ばかり計算したりと、心の中ではろくなことをしていません。

     自分の心の中を見て、それでも自分は立派だと思える人がいたら、それこそ変でしょう。もし、正当に評価されたら、 この世に残れる人など一人もいないでしょう。しかし、私たちが立派であろうが、駄目な人間であろうが、 それとは関係なく私たちは生かされています。

     社会の評価はどうでしょう。社会の評価は、100点を取ったときは拍手が来ます。仕事が成功したり、 良い家庭であったりすれば、良い評価をもらえます。しかし、いつも100点、いつも成功、いつも理想的な家庭はないでしょう。それはむしろ人生の一時期であり、大部分はそうではないでしょう。しかし、どんなときでも、太陽は昇ります。酸素はあります。心臓は動いています。

     そんなことは大したことがない。当たり前だと思う方もおられるでしょう。しかし、それは生命が当たり前だと思っておられるからです。 生命は、決して当たり前ではありません。
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